忍者ブログ

ふじーの。

漫画家 藤井みつるの公式ブログ

HOME八重 会津 新島 同志社 幕末の記事
[2012/10/07] 白虎隊について (No.843)
[2012/10/03] 山本家と武家屋敷(西郷邸)について (No.842)
[2012/09/30] 日新館について (No.841)
[2012/09/27] 会津若松城(=鶴ヶ城)4 (No.840)
[2012/09/23] 会津若松城(=鶴ヶ城)3 (No.839)

白虎隊について

sazaedou.jpg会津といえば、山本八重や新撰組より、悲劇の少年たち、=白虎隊を思いだすかたも多いのではないでしょうか。

変わってる木造建築のひとつ、さざえ堂。その裏手の飯盛山で白虎隊20名が自害。いや、うち一人は処置がまにあって生き延びました。今はそこに墓が並んでいます。

さざえ堂のわきには新政府軍に追い詰められて、山を駆け下りるために彼らが走り抜けた、水路の洞穴もありました。当時少年たちはせいぜい身長140そこそこだろうと思うので、水に腰までつかって通り抜けることができたようです。にしたって狭くて暗くて低い穴のなか。戦闘中なら灯りもつけてないかもしれない。怖いよ!
当時のひっ迫感を肌で感じることができます。
tonokuti.jpg

白虎隊は実は自害した子たちだけでなく大人の隊員もいました。隊を二手に分けて行動していたら相互連絡がうまくいかず。事情がよくわからないまま鶴ヶ城の爆薬庫の爆発火事を遠目で見て、落城した、と勘違いしたようです。実際の城の様子は、日新館に展示してある白虎隊ドラマ撮影に使われた城模型でも見ることができます。

tuguajousatuei.jpg
一人でも大人がまじっていたら「早まるな、状況を確認すべき」と制止できたかもしれない。若者たちは思い込んだら即行動で、悲しい事態になってしまったことが哀れだ。
byakkotai.jpg

山のふもとには白虎隊伝承史学館
もあります。
洞穴の中を走り抜ける実験をした際の様子もありました。


小スペースだけれども展示されてる数はかなりのもの。実際の砲弾や血の付いた服も展示してあり、興味を持って調べたい方には外せない観光ポイントです。

拍手

PR

山本家と武家屋敷(西郷邸)について

sakura2.jpg八重、覚馬の実家、山本家。
現存していません。

当時武士の家は、いってみれば官舎であり、自分の持家ではありませんでした。役職や石高(給料)で家の様式がガッツリ決まっていたのです。

八重の母が【今は貧乏でも勉強すれば出世できる】的なことを言ってたくらいなので、武士階級の中で中の中、ちょっと下寄りなあたりだったのではないでしょうか。石高でいえば150~300の間くらい。能力というよりは、会津首脳陣が保守的で、大砲や銃などの海外武器を重用しない傾向にあったせいのようです。


40bec754.jpegで、比較的普段の暮らしは質素にしていたであろう予想をたてまして。
条件に近そうな、千葉県佐倉市にある武家屋敷群を参考にしました。

佐倉もドラマ「坂の上の雲」や{JIN]の撮影に使われていますね。


問題は会津は雪深いのに比べて佐倉は雪が少ない地域であること、敷地外壁が会津では主に土壁だったこと。
そこをふまえて、金沢の武家町の通りも参考にしています。

雪が多い地域だと、地面に近い部分は腐りにくいように石が積まれていただろうと想像したので。

拍手

日新館について

nissinnann.jpg作中にも登場する日新館は会津藩の学校です。
会津の気質は質実剛健だそうで、日々の生活は地味にしていたみたい。

当然というか、日新館は会津戦争時にいち早く火をつけてしまったので現存していません。今見られるのは復元した施設。研修施設も兼ねてるので宿泊もできますよ。

日新館の正門は生徒は使う事は無く、普段は左右の小さい門から出入りしていました。だいたい大きい門はお偉いさんが来たときのみ使ってるんだね。
医学だったり天文だったりいろいろと教えていたようでして、その講師の中に八重の兄・覚馬と、下宿人川﨑がいました。

seitannhi.jpgseitann.jpg
復元された場所は当時の日新館の場所ではありません。元は鶴ヶ城の近くにありました。現在でいうと市立謹教小学校の近くです。八重の家は日新館からすごく近かった。徒歩5分程度。だから川﨑も下宿したのでしょう。

八重、覚馬の生誕の地には、札がたっており、石碑もあります。ただし普通の住宅街の一角で、あくまで一般の方々のお住まいが並んでるところなので、表札などはここでは隠しておきます。

拍手

会津若松城(=鶴ヶ城)4

kimono.jpgkoduyu.jpgさて天守閣に戻り。

内部は博物館。
容保の義理の姉、照姫の着物や、会津の郷土料理などが展示されています。
照姫はもし詳しく調べたら少女漫画的に興味深そうな題材です。

おそらく当初は容保と結婚するはずであったろうし、照姫もそのつもりでいたんでしょうけども、容保にはほかの縁談がまとまり。他へ照姫は嫁ぐも夫と死別。その後容保とともに江戸から会津へ戻ってきます。そこから先はネタバレになるから黙っておく。



天守閣と鉄門をつないで走り長屋がありまして、現在は長屋側から出入りできます。
長屋には売店もあり、会津特産の土産や漆器もあるのでみてて楽しいですよ~。
ボランティアガイドさんもお城に待機してるので、見に行くときは前もってガイドさんの予約をお願いしておくことをお勧めします。



 

拍手

会津若松城(=鶴ヶ城)3

daidai.jpgおっと忘れてた。太鼓門から鐘の間に、代々の城主の説明板が立っています。

私が行ったときはまだ大河の盛り上がりもなく、むしろ大河ドラマで保科正之を取り上げてほしいぞ署名活動が行われていました。最近は大河ムードも盛り上がってきてるらしい。

会津戦争当時の城主、松平容保は城主の直系ではなく養子なのですね。水戸の徳川系が出自。だから余計に幕府の依頼をむげにできなかったのかなあ?
kuroganemonn.jpg

さてまっすぐ南方向へ進むとわりとすぐに表門の鉄門(くろがねもん)が。戦争時は城内で一番安全なのがこの鉄門だってことで、容保はこの門のところに本部を置いていたそうです。


拍手

プロフィール

HN:
藤井みつる
HP:
性別:
非公開
職業:
漫画家
趣味:
映画鑑賞と寝ることと城
自己紹介:
好きな映画
……《邦画》 太陽を盗んだ男、鬼畜、穴、切腹、キッズ・リターン、しとやかな獣、蝉しぐれ、クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲、築城せよ!、MIND GAME、ジャズ大名
……《洋画》 新しき世界、ニューシネマパラダイス、リトル・ダンサー、バベットの晩餐会、暗くなるまで待って、オールド・ボーイ、グラン・トリノ、バーバー、キリクと魔女、ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ、ペーパー・ムーン、アパートの鍵貸します、トイ・ストーリー、ブラス!、デリカテッセン、ベルヴィル・ランデブー、カイロの紫のバラ、ヘドヴィグ・アンド・アグリーインチ、死刑台のエレベーター、オーケストラ!、アンプロフェット、ゴッド・ファーザー、ユージュアルサスペクツ、ドリームガールズ、ブルース・ブラザース、バグダッド・カフェ、シザーハンズ、善き人のためのソナタ、レザホアドッグス、クール・ランニング、ぼくのエリ200歳の少女、ペテン師とサギ師~だまされてリビエラ~、アーティスト

てくてくなみすけ

杉並区のマスコット

アクセス解析

ブログ内検索

バーコード

カレンダー

02 2017/03 04
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

カウンター

最新CM

アクセス解析

Copyright (C) ふじーの。 All right Resieved.
TEMPLATECusBlo MATERIALPearl Box 忍者ブログ [PR]