現存していません。
当時武士の家は、いってみれば官舎であり、自分の持家ではありませんでした。役職や石高(給料)で家の様式がガッツリ決まっていたのです。
八重の母が【今は貧乏でも勉強すれば出世できる】的なことを言ってたくらいなので、武士階級の中で中の中、ちょっと下寄りなあたりだったのではないでしょうか。石高でいえば150~300の間くらい。能力というよりは、会津首脳陣が保守的で、大砲や銃などの海外武器を重用しない傾向にあったせいのようです。
条件に近そうな、千葉県佐倉市にある武家屋敷群を参考にしました。
佐倉もドラマ「坂の上の雲」や{JIN]の撮影に使われていますね。
問題は会津は雪深いのに比べて佐倉は雪が少ない地域であること、敷地外壁が会津では主に土壁だったこと。
そこをふまえて、金沢の武家町の通りも参考にしています。
雪が多い地域だと、地面に近い部分は腐りにくいように石が積まれていただろうと想像したので。
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